黄纐纈の林色を含むといへども朝の霜にうつろふ、松風蘿月に詞をかはす賓客も、去って来ることなし、翠帳紅閨に枕を並べし妹背もいつの間にかは隔つらん
「江 口」
春宵一刻値千金、花に清香、月に影
「田 村」
往時渺茫としてすべて夢に似たり、旧友零落して半ば泉に帰す
「歌 占」
朝に紅顔あって世路にほこるといへども、夕べには白骨となって郊原に朽ちぬ
「朝 長」
それ雪は鵞毛に似て飛んで散乱し、人は鶴しょうを着て立って徘徊すといへり
「鉢 木」
げにや廬生が見し栄華の夢は五十年、其邯鄲の仮枕、一睡の夢のさめしも、粟飯かしく程ぞかし
「鉢 木」
かくて時過ぎ頃去れば、五十年の栄花も尽きて、真は夢のうちなれば、皆消え消えと失せ果てて、ありつる邯鄲の枕の上に眠りの夢は覚めにけり
「邯 鄲」
天にあらばねがはくは、比翼の鳥とならん、地にあらば願はくは連理の枝とならんと誓ひし事を、ひそかに伝へよや、私語なれども今洩れそむる涙かな
「楊貴妃」
庭の砂は金銀の、庭の砂は金銀の、玉をつらねて敷妙の、五百重の錦や瑠璃の枢、しゃこの行桁瑪瑙の橋、池の汀の鶴亀は蓬莱山も余所ならず、君の恵みぞ有難き君の恵みぞ有難き
「鶴 亀」
千秋楽は民を撫で、萬歳楽には命をのぶ、相生の松風颯々の声ぞ楽しむ颯々の声ぞ楽しむ
「高 砂」
花は雨の過ぐるによって紅まさにおひたり、柳は風に欺かれて緑漸く垂れり、人更に若き事なし、終には老の鶯の、百囀りの春は来れども、昔に帰る秋はなし、あら来し方恋しやあら来し方恋しや
「関寺小町」
松門独り閉ぢて、年月を送り、みづから、清光を得ざれば、時の移るをもわきまへず、暗々たる庵室に徒に眠り、衣寒暖に与へざれば、膚は、ぎょう骨と、衰へたり
「景 清」
偖は我が妻の、女郎花になりけるよと、なほ花色もなつかしく、草の袂も我が袖も、露ふれそめて立ち寄れば、此花恨みたるけしきにて、夫の寄れば靡きのき又立ちのけばもとの如し
「女郎花」
千声万声の憂きを人に知らせばや、月の色、風のけしき、影におく霜までも心凄きをりふしに、砧の音、夜嵐悲しみの声虫の音まじりて落つる、露涙、ほろ、ほろはらはらはらと、いづれ砧の音やらん
「 砧 」
老いせぬや、老いせぬや、薬の名をも菊の水、盃も浮み出でて友に逢ふぞ嬉しき此友に逢ふぞうれしき
「猩 々」
月の夜念仏諸共に、心は西へと一筋に、南無や西方極楽世界、三十六萬億、同号同名阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
「隅田川」
影かたむきて明方の、雲となり雨となる、此光陰に誘はれて、月の都に入り給ふ粧ひあら名残をしの面影や名残をしのおもかげ
「 融 」
「鉢木」常世神社
高崎市佐野 (平7.3)
「楊貴妃」楊貴妃観音
京都市東山区 泉湧寺観音堂
「高砂」相生の松
高砂市 高砂神社 (平7.9)
「景清」景清廟
宮崎市下北方 (平7.11)
「女郎花」女郎花塚
八幡市女郎花 松花堂 (平12.8)
「隅田川」梅若堂
墨田区堤通 木母寺 (平12.12)
「日々是好日」 −高橋春雄・私の履歴書−