小鍛冶水

謡蹟めぐり  小鍛冶 こかじ

ストーリー

一条帝がある夜夢で、名工三条小鍛冶宗近に御剣を打たせよとのお告げを蒙り、勅使を送りその由を伝えます。
宗近は突然の宣旨に驚き相槌を打つ者がいないことを理由に辞退しようとしますが、帝のご霊夢によるものゆえ必ず仕れとの命令に進退窮まり、神力を頼りに稲荷明神へ祈願に出かけます。
すると彼の前に一人の童子が現れ、不思議にもすでに勅命を知っており君の恵みによって御剣は必ず成功すると言って宗近を安心させます。そして和漢の銘剣の威徳や故事を述べ、神通力によって力を貸与えることを約束して、稲荷山へ消えて行きます。
宗近は七五三縄を張った壇をしつらえ支度を調えて、祝詞を唱えて待ちます。すると稲荷明神が狐の姿となって現れ、相槌となって御剣を打ち、表に小鍛冶宗近、裏に小狐と銘を入れ勅使に捧げ再び稲荷山に帰ります。(「宝生の能」平成13年1月号より)

「小鍛治」関係の謡蹟   (平8・1記)

伏見稲荷大社 京都市

本曲の後シテは稲荷明神であり、稲荷山の言葉も出てきているので、この曲の稲荷明神は伏見稲荷の明神と思われる。この伏見稲荷大社は京都市でも最も古い神社の一つで、全国に約4万あるといわれる稲荷神社の総本社、いつも参拝者で賑わっている。大鳥居をくぐると稲荷山を背にして朱塗りの重厚な社殿が並び、社殿のまわりには多くの摂社がある。何百か何千か数え切れない程の朱塗りの鳥居が立ち並ぶ参道を通って、稲荷山の途中まで登ってみたが、体力と時間を考えて頂上まで歩くのは断念した。稲荷山の山頂近くには、宗近が小狐丸を鍛えた時、用いた焼刃の水と剣石や、その剣石を神体とする御剣社があるという。

伏見稲荷大社 伏見稲荷大社 京都市伏見区稲荷 (平6.9) 本曲の稲荷明神は伏見稲荷の明神と思われる

仏光寺本廟、三条小鍛治宗近の古跡の碑 京都市

京都の東山区粟田口に仏光寺本廟と称する大きな寺があり、その境内に「三条小鍛治宗近の古跡」と書かれた立派な碑が建っている。案内板には、宗近は平安中期の刀匠で姓は橘、信濃守粟田藤四郎と号し、東山粟田口三条坊に住んでいたので三条小鍛治と称したとも記されているから、このあたり一帯は宗近の邸宅だったものと思われる。
本曲に謡われるように宗近は名刀小狐丸をはじめ幾多の刀剣を造ったが、現存するものとしては三日月宗近などがあるという。祇園祭の長刀鉾の鉾先の長刀は宗近が娘の疫病治癒を感謝して鍛造し、祇園社に奉納したものといわれる。

仏光寺本廟 仏光寺本廟 京都市東山区粟田口鍛冶待ち(平6.11) 境内に宗近の古跡碑がある

宗近古蹟碑 三条小鍛冶宗近之古跡碑 仏光寺本廟 (平6.11) このあたり一帯は宗近の屋敷跡といわれる

粟田神社、鍛冶神社 京都市

仏光寺本廟の近くには粟田神社があり、この境内に鍛冶神社の門柱があり、小祠が祀られている。このあたりも宗近の邸宅跡といわれるが、鍛冶という言葉が町の名前や神社の名前となって、このような形で残っているのは嬉しいことである。

栗田神社 粟田神社 京都市東山区粟田口鍛冶町 (平6.11) この境内に鍛冶神社がある

鍛冶神社 鍛冶神社 粟田神社境内 (平6.11) 鍛冶という言葉が神社の名で残る

合槌稲荷大明神、小鍛治水 京都市

仏光寺本廟や粟田神社の近くといっても、京阪電鉄の通る道を隔てたところに合槌稲荷大明神がある。入口も狭く小さな社なので見つけるのに苦労した。ここは宗近が常に信仰していた稲荷の祠堂といわれ、小狐丸を造るとき合槌をつとめた明神を祀ったのがここであると伝えられる。また宗近は刀剣を鋳るのに、稲荷山の土を使ったともいわれる。
祠のかたわらには「小鍛治水」と記された小さな碑と石の器が置かれている。ここに水をたたえて刀を打ったのであろうか。

合槌稲荷神社 合槌稲荷大明神 京都市東山区粟田口 (平6.11) 合槌をつとめた明神を祀るという

小鍛冶水 小鍛冶水 合槌稲荷大明神境内 (平6.11) 小鍛冶水と記した小さな碑と石の器がある

金蛇水(かなへびすい)神社、金蛇水御霊池 宮城県岩沼市

京都粟田口に住んだ宗近にとっては、はるか遠隔の地、東北は宮城県の岩沼市に金蛇水神社という珍しい名前の神社がある。
珍しいこの神社の社名をめぐって次のような縁起が伝えられている。一条天皇の御代、京都の三条に住む刀匠小鍛治宗近が天皇の御佩刀を鍛えよとの勅命を賜り、名水を求めて諸国を遍歴していた。たまたまこの三色吉の地を訪ねたところ、水神宮のほとりを流れる水の清らかさに心をうたれ、この水を使って刀を鍛えようとしたが、蛙が多くて水を穢すので、雌雄の金蛇をつくり神社に奉納祈願しところ、蛙がいなくなって名刀を打つことができたという。これにちなんで、この金蛇を御神体とし、この名がつけられたとのことである。境内には金蛇水御霊池があるが、現在では池というより井戸といった感じである。

金蛇水神社 金蛇水神社 宮城県岩沼市三色台 (平7.6) 奉納した金蛇蛙がいなくなり名水を得たという

金蛇水霊池 金蛇水御霊池 金蛇水神社 (平7.6) 境内にはその池があるが、井戸といった感じ

真如堂 京都市

本曲ワキヅレ橘の道成の冒頭の言葉にあるように、小鍛治宗近に御剣を打つように命じたのは一条天皇である。この一条天皇が本堂を建て勅願寺としたのがこの真如堂である。閑静な境内には本堂、三重塔、薬師堂、観音堂などの堂宇のほか、塔頭寺院がある。
また、一条天皇の御陵は洛西右京区の龍安寺の裏山にある由だがまだ参拝していない。

真如堂 真如堂 京都市左京区浄土寺真如町 (平4.3) 剱を打つよう命じた一条天皇の勅願寺

<追記 平14・8>

石清水、石清水社、相槌稲荷 京都府八幡市

石清水八幡宮の東門から少し下った所にこの八幡宮の社名となった石清水がかり、今もこんこんと清水が湧き出ている。傍らに石清水社が祀られている。そこから少し離れて相槌稲荷がある。ここも宗地下が石清水の水を使って小狐丸を打ったところと伝える。

石清水 石清水 京都部八幡市 石清水八幡宮 (平12.8) 八幡宮の名となった清水が湧き出ている

石清水社 石清水社 石清水八幡宮 (平12.8) 岩清水を祀る

相槌稲荷 相槌稲荷 石清水八幡宮 (平12.8) 石清水を使って小狐丸を打ったところという


−ニュース−

曲目一覧

サイトMENU

Copyright (C) 謡蹟めぐり All Rights Reserved.