松虫塚1

謡蹟めぐり  松虫 まつむし

ストーリー

津の国阿倍野あたりの市で酒を売る一人の男が、いつも男たちが連れ立って来 ては酒宴を催して帰るので、不思議に思って、今日は素姓を尋ねようと待っておりま す。
やがて男たちがやって来て、主人の振舞う酒に酔い詩句などに興じていますが、一人が松虫の音に友を偲ぶと口走るので、主人がその意味を問うと、昔この辺りの松原を二人の仲の良い友が通りかかった時、その中の一人が、松虫の音にひかれて草原に入ったまま不審の死を遂げたことを物語り、自分がその時残された友人であると明かし、今もその友を偲んで松虫の音に誘われて来たのだと言って去ります。酒屋の主人がこれを聞いて哀れに思って弔っていると、里人の亡霊が現れて、昔のことを物語ります。明け方の鐘につれて亡霊は姿を消し、あとには虫の音ばかりが寂しく残ります。 (「宝生の能」平成10年12月号)

酒に関する名句   ( 平成2・7記)

健康上の理由で今は酒を呑まないが、かっては私も人並以上に酒が好きでよく呑み歩いた。酒の字を見ると胸が騒ぐ。
この曲には酒に関する漢詩や歌が多く引用されているようなので、酒を呑む気持ちで解説書をみながらまとめてみた。

『伝え聞く白楽天が酒功賛の作りし琴詩酒の友。市屋形に樽を据え盃をならべてよりくる人を待ち居たり。』

和漢朗詠集   酒    白楽天
「 唐太子賓客白楽天 亦嗜酒作酒功賛以継之 」
(読み) 唐の太子の賓客白楽天また酒を嗜んで
       酒功賛を作って以てこれに継ぐ
(訳)  唐の太子賓客たる白楽天もまた酒好きで、酒功賛を作ってそのあとにつぐのです。

和漢朗詠集   交友   白楽天
「 琴詩酒友皆抛我 雪月花時最憶君 」
(読み) 琴詩酒の友皆我を抛(なげう)つ
       雪月花の時に最も君を憶(おも)う
(訳)  殷氏たちと江南で五年も生活して琴詩酒を楽しんでいたのに、今はもう、あの時の琴の友、詩の友、酒の友は、みな私を見すてて散り散りになってしまいました。
年を迎えて、雪のとき、月のとき、花のときがめぐって来るたびに、多くの友の中でも、ことに君のことがせつに憶いおこされます。

『花の下に帰らん事を忘るるは美景によると作りたり。樽の前に酔をすすめては。これ春の風ともいへり。』

和漢朗詠集   春興   白楽天
「 花下忘帰因美景 樽前勧酔是春風 」
(読み) 花の下に帰らむことを忘るるは 美景に因ってなり
       樽(そん)の前に酔ひを勧むるは これ春の風
(訳)  桃は紅に李は白く、ぱっとひらいたすばらしさに、花の下の宴の楽しさはつきず、家に帰ることを忘れてしまいます。酒樽の前でさしつさされつ春風にうきうきとして、おたがいに心地よく酔ってしまうのです。

『朝に落花を踏んであひ伴って出づ。夕べには飛鳥に随って一時に帰る』

和漢朗詠集   落花   白楽天
「 朝踏落花相伴出 暮随飛鳥一時帰 」
(読み) 朝(あした)には落花を踏んで相伴つて出づ
       暮(ゆふべ)には飛鳥に随つて一時に帰る
(訳)  朝には、あなたとともに落花を踏んでいっしょに出かけ、一日、春の行楽をたのしんだあと、夕方になるとねぐらに帰る鳥のあとにしたがって、またいっしょに帰ってくるのです。

『つづりさせてふきりぎりす蜩(ひぐらし)』

古今集 在原棟梁の歌に
   「 秋風にほころびぬらし藤袴
         つづりさせてふきりぎりす鳴く 」
後撰集 読人知らずの歌に
   「 ひぐらしの声聞くからに松虫の
         名にのみ人を思ふ頃かな 」

松虫塚  大阪市阿倍野区松虫通 (平11・2記)

天王寺駅から阪堺電車上町線に乗って松虫駅で下車、南に下ると、松虫通に面して歩道にはみ出す姿で玉垣が取り巻いた「松虫塚」がある。おそらく道路拡張の際にも撤去の話が出たのであろうが、このような姿で残されたのは私たちには嬉しい。  この塚は松虫の名所として知られ、謡曲だけでなくさまざまな伝説が伝えられているようなので、ここに掲げられた案内板の内容を紹介する。

「        松虫塚の伝説
松虫塚には古来数々の伝説がありますが、この地が松虫(いまの鈴虫)の名所であったところから、松虫の音にまつわる風流優雅な詩情あふれる次のような物語が伝承されています。

二人の親友が月の光さやかな夜麗しい松虫の音をめでながら逍遥するうち虫の音に聞きほれた一人が草むらに分け入ったまま草のしとねに伏して死んでいたので、残った友が泣く泣くここに埋葬したという。

         「古今集」松虫の音に友を偲ぶ
   秋の野に人まつ虫の声すなり われかとゆきていざとむらわん
後鳥羽上皇に仕えていた松虫と鈴虫の姉妹官女、法然上人の念仏宗に帰依して出家したが、松虫の局が老後この地に来て草庵を結んで余生を送ったという。
          「芦分舟」に
   経よみてそのあととふか松虫の 塚のほとりにちりりんの声  篠原言因
才色兼備琴の名手といわれた美女がこの地に住んでいたが、一夕秘技を尽した琴の音が松虫の自然の音に及ばないのを嘆き、次の詩を吟じて琴を捨てたという。
   虫音喞々満荒野 闇醸恋情琴瑟抛
   虫声そくそく荒野に満つ、恋情を闇にかもして琴瑟を抛つ
松虫の名所であるこの地に松虫の次郎右衛門という人が住み、松虫の音を愛好することすこぶる深く終生虫の音を友とし、老いてのち
  尽きせじなめでたき心しるならば こけのしたにもともや松虫
の辞世の歌を残して没したという。 」

松虫塚1 松虫塚 大阪市阿倍野区松虫通 (平12.8)

松虫通り 松虫通 (平12.8)

松虫塚2 松虫塚 (平12.8)

松虫塚白龍神社 大阪市阿倍野区松虫通 聖天さん境内 (平11・2記)

松虫塚の近くに「聖天さん」があり、その境内に「松虫塚白龍神社」と称する小さな祠がある。その由来ははっきりしないが写真を掲げておく。

聖天さん 聖天さん 大阪市阿倍野区松虫通 (平10.3)

松虫塚白竜神社 松虫塚白龍神社 聖天さん境内 (平10.3)


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