大和吉野山は桜の名所として有名ですが、都から遠いので花見の行幸ができません。そこで、吉野から千本の桜を京の西、嵐山に移し植えました。今年の春も花の咲き具合を視察するため勅使が派遣されます。
勅使一行が嵐山に着くと、老人夫婦が現れ木陰を清め花に向い祈念します。勅使が不思議に思い声をかけると、嵐山の桜は吉野山の木守・勝手の二神が守護する神木だから、と答え、名は嵐の山であっても花が散らず、咲き誇るのもそのため、と語ります。そして自分達こそ木守・勝手両神なのだと告げ、雲に乗り、吉野の方へ飛び去ります。
やがて、蔵王権現の末社の神が現れ、勅使一行にもてなしの舞を舞うと、木守・勝手二神が現れ、神遊びの様を見せます。続いて蔵王権現も出現し、衆生の苦難を救い国土を守る、と誓うと共に、榮ゆく春を寿ぎます。(「宝生の能」平成12年3月号より)
嵐山の桜は後嵯峨天皇が吉野山の桜を移植したのが起源といわれる。その麓を流れ、曲中に謡われる大堰川はこのあたりの名将で、上流は保津川、下流は桂川となって淀川に注ぐ。この川に架かる渡月橋はこのあたりの観光の中心である。
嵐山と大堰川 京都市西京区 (平7.9)
渡月橋 京都市西京区 (平7.9)
吉野山には義経・静御前に関する古蹟もあり、また本曲に出て来る神々を祀る神社も多く、謡曲愛好家にとっては是非とも訪ねたい所である。
役の行者の開基で、大峰(山上ケ岳)にあったが、嶮しい山中で老人や女人の参詣が困難のところから、僧行基が山の下に蔵王権現を祀り、多くの人々が参詣できるようにしたという。本曲の後シテ蔵王権現を祀る。
蔵王堂 奈良県吉野町 (平13.7)
後ツレの木守明神を祀るのが、吉野水分(みくまり)神社、勝手明神を祀るのが勝手神社である。前シテと前ツレは吉野山の木守、勝手の夫婦であり、曲の後段では後ツレとして木守明神は男神、勝手明神は女神として登場する。
吉野水分神社 奈良県吉野町 (平13.7)
勝手神社 奈良県吉野町 (平13.7)
金峰神社は曲中に「さながらここも金の峯の光も輝く千本の桜」と謡われた所。神社の近くには「義経隠れ塔」がある。青根が峯も曲中に「青根が峯ここに小倉山も見えたり」と謡われている。
金峰神社 奈良県吉野町 (平13.7)
青根ケ峯 奈良県吉野町 (平13.7)