万松寺

謡蹟めぐり  加茂物狂 かもものぐるい

ストーリー

都の男は妻と別れて東国見物に行っていましたが、故郷がなつかしくなり三年ぶりに帰郷します。加茂の社に参詣してみると、ちょうど加茂の葵祭の日でした。
男は一人の狂女が取り乱しているのを見て、社の御神事だから心を静めて信心するよう忠告すると、女は狂人とて心がよければ聖人と同じであり、神は正直のために方便を捨て俗世に交わるのであるから、狂人の狂言綺語とて隔てられまいと論じます。男は話すうちにこの女が妻であつことを知りますが、人目を恥じて名乗らず、舞を舞って祈るよう勧めます。
女は神に手向けの舞を舞いつつ、恋しい夫を探しに放浪の旅に出たことを語り、やがて相手が夫であることに気づきますが人目を憚り口にしません。そのうち二人はまるで示し合わせたようにかっての家路に向い、めでたく再会を果すのでした。
シテの持つ笹は狂い笹ともいい、多く物狂の男女が持ちます。本曲ではその笹に葵の葉をつけますがこれは賀茂の祭(葵祭)には社前や車の簾、供奉の衣冠に葵の葉をかけるのによります。(「宝生の能」平成11年6月号より)

橋本の社と藤原実方 京都市 上賀茂神社   (平13・12記)

曲中に「これこそさしも実方の、宮居給ひし装ひの、臨時の舞の妙なる姿を、水に映し御手洗の、其えにしある世を渡る、橋本も宮居と申すとかや」とある。
ワキは哀れな狂女と見て静かに問答をし、傍らにある上賀茂神社の摂社橋本の社は藤原実方を祀ったもので、実方の舞の姿が御手洗川に映った場所と教える場面である。
橋本の社は御手洗川にかかる小さな橋の傍らにあり、衣通姫を祀ったが後に実方も合祀された。

橋本社 橋本の社 (平6.4) 実方を合祀する小社

藤原実方は他流では「実方」「阿古屋松」などに登場するようだが、宝生流ではこの曲にその名が出るだけなのでここで紹介することとしたい。
藤原実方は三十六歌仙に名を連ねた歌人で左近衛中将に任ぜられ、実方中将と呼ばれたが、清少納言と恋愛関係があり、後に藤原行成が清少納言と通じたため不和となり、トラブルをおこしたことから罪に問われ、陸奥守に左遷された。
東北には阿古屋姫の伝説があり、実方はその古蹟を訪ねるうち、名取の笠島道祖神社の社前にさしかかったが、下馬すべしとの教えを拒み乗馬のまま通りかかると、突然馬が荒れ狂い実方は重傷を負って「陸奥の阿古屋の松を尋ねわび、身は朽人となるぞ悲しき」と辞世を詠み亡くなった。名取市に実方朝臣の墓と歌碑がある。

笠島道祖神社 笠島道祖神社 宮城県名取市笠島 (平7.6) 実方は乗馬したまま通りすぎ落馬して亡くなった

実方の墓 実方朝臣の墓 宮城県名取市塩手 (平7.6) 中将實方朝臣之墳と刻まれる

実方朝臣の歌碑 実方朝臣顕彰の歌碑 朝臣の墓前 (平7.6)彼を一躍有名にした歌
「 桜がり 雨は降りきぬ 同じくは ぬるとも花の 蔭にかくれむ 」 が刻まれている

実方の娘中将姫は父の悲報を聞き、山形の千歳山に赴き万松寺に父の墓を立て菩提を弔い、中将姫もここで亡くなり、山上に葬られた阿古屋姫の墓もここに立てられた。万松寺には三基の墓が並んでいる。また山形駅前の歌懸稲荷には実方が歌を奉納したという伝承がある由である。

万松寺 万松寺 山形市千歳山 (平12.6) 実方、阿古屋姫、中将姫の墓がある

実方阿古屋の墓 実方(中央)、阿古屋姫(向かって右)、中将姫(左)の墓 山形市千歳山 万松寺 (平12.6) 万松寺裏の墓地にある

歌懸稲荷 歌懸稲荷 山形市十日町 (平12.6) 実方が社前で詠歌を奉納したという

宇津の山付近           (平13・12記)

クセには多くの地名が謡いこまれている。忍ぶ摺(信夫文字摺)は「融」、八つ橋は「杜若」で取り上げることとする。その他、岡部、蔦の細道、宇津の山などが謡われており、「宇津の山、現(うつつ)や夢になりぬらん」の文言は業平の「駿河なる宇津の山辺のうつつにも、夢にも人に会わぬなりけり」を引用したものと思われる。この歌の歌碑が宇津ノ谷峠にあると聞いて、訪ねてみた。タクシーで静岡からこのあたりの旧東海道を通って岡部町、焼津市へ出たのであるが、探し当てることが出来なかった。
途中「千手」に出てくる手越や、東海道五十三次の丸子宿あたりから宇津の山を望むことが出来たし、蔦の細道の所在も案内図の上で確認できた。この道は昔からあった道路で国道一号線の元祖ですと書いてあった。この道を登って行けば業平の歌碑に到達できたのかも知れない。今では車でサッとトンネルを通り抜けてしまう所を昔の旅人は苦労して越えて行ったのだと感慨を深くした。

宇津の山 手越より宇津の山を望む 静岡市手越 (平9.2) 手越は「千手」の故郷である

鞠子宿 丸子の宿 静岡市丸子 (平9.2) 往時の面影を残す建物が残っている

鞠子付近の図 丸子付近の案内図 丸子の宿 (平9.2) 蔦の細道、宇津の谷峠も記載される


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